

100歳を超えてもなお映画を作り続け、現役最高齢の監督として世界中で話題と尊敬を集めた、マノエル・ド・オリヴェイラ。「私はシネマトグラフの映画監督だ」「映画とは何か?それは幻影だ。」と語り、「シネマトグラフ」を発明したリュミエール兄弟や「映画の魔術師」ジョルジュ・メリエスなど最初期の映画との連なりを強く意識するオリヴェイラは、まさに映画史を体現する唯一無二の存在である。古典映画のような佇まいの中に、映画の未来を感じさせる瞬間の連続——。普遍性と先進性に溢れた5つの作品が、今、スクリーンに映し出される。



1908年12月11日、ポルトガル北部の都市ポルト生まれ。1931年、サイレントの短編ドキュメンタリー映画『ドウロ河』を監督。その後、短編作品を制作。1942年には初の長編映画『アニキ・ボボ』を手がける。アントニオ・サラザール政権による独裁体制下で企画が成り立たず、家業に従事しながら短編を作る。1963年に長編第二作『春の劇』を監督するも、発言が問題視され投獄された。1974年に独裁政権が終わると、80年代以降は旺盛に作品を発表。ヨーロッパで注目を集める。1985年、超大作『繻子の靴』を出品したヴェネチア国際映画祭で特別金獅子生涯功労賞、1991年には『神曲』が同映画祭の審査員特別賞を受賞。『クレーヴの奥方』(99)でカンヌ国際映画祭審査員賞、同映画祭の名誉パルム・ドールを2008年に受賞している。2015年4月2日、106歳で死去。


© Cineastas Associados, Instituto Portuges de Cinema
1982年/ポルトガル/ポルトガル語/68分/スタンダード
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/撮影監督:エルソ・ロケ/声:テレーザ・マドルーガ、ディオゴ・ドリア/台詞:アグスティーナ・ベッサ=ルイス
出演:マノエル・ド・オリヴェイラ、マリア・イザベル・ド・オリヴェイラ、ウルバノ・タヴァレス・ロドリゲス
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/撮影監督:エルソ・ロケ/声:テレーザ・マドルーガ、ディオゴ・ドリア/台詞:アグスティーナ・ベッサ=ルイス
出演:マノエル・ド・オリヴェイラ、マリア・イザベル・ド・オリヴェイラ、ウルバノ・タヴァレス・ロドリゲス
1942年に建てられて以来、およそ40年間オリヴェイラが暮らしたポルトの家を舞台に、家族、そして自らの人生を辿るドキュメンタリー作品。『アブラハム渓谷』の原作者でもあるポルトガル文学の巨匠アグスティーナ・ベッサ=ルイスがテキストを手がけている。自身の死後に発表するように言付けられ、2015年にポルト、リスボン、カンヌ国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された。


© Filmargem, La Sept, Gemini Films
1988年/フランス、西ドイツ、イタリア、スイス/ポルトガル語/99分/スタンダード
監督・脚色・台詞:マノエル・ド・オリヴェイラ/原作:アルヴァロ・カルバリャル/撮影:マリオ・バローゾ/音楽・オペラ台本:ジョアン・パエス/製作:パウロ・ブランコ
出演:ルイス・ミゲル・シントラ、レオノール・シルヴェイラ、ディオゴ・ドリア
監督・脚色・台詞:マノエル・ド・オリヴェイラ/原作:アルヴァロ・カルバリャル/撮影:マリオ・バローゾ/音楽・オペラ台本:ジョアン・パエス/製作:パウロ・ブランコ
出演:ルイス・ミゲル・シントラ、レオノール・シルヴェイラ、ディオゴ・ドリア
マルガリーダとアヴェレダ子爵の婚礼の夜。子爵は自らが人間でないことを告白する。それを聞いたマルガリーダは錯乱。厳粛な雰囲気に満ちた貴族たちの晩餐会は、驚愕の事態へと展開する。人間、動物、機械などあらゆる境界を超越し、奇想天外なユーモアが炸裂するオペラ・ブッファ(喜劇的なオペラ)映画の怪作。


© Madragoa Films, Gemini Films
1992年/ポルトガル、フランス/ポルトガル語/77分/ヨーロッパ・ビスタ
監督・脚本・台詞:マノエル・ド・オリヴェイラ/撮影:マリオ・バローゾ/製作:パウロ・ブランコ
出演:テレーザ・マドルーガ、マリオ・バローゾ、ルイス・ミゲル・シントラ
出演:テレーザ・マドルーガ、マリオ・バローゾ、ルイス・ミゲル・シントラ
19世紀ポルトガル文学を代表する小説家カミーロ・カステロ・ブランコ。葛藤と苦悩の末、拳銃自殺を遂げるに至ったその最期の日々を、手紙や新聞記事、調書などに取材し、その生家を舞台に描く。音楽にワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」と「パルジファル」を使用。オリヴェイラ作品の中で最も厳格とも評される作品。


© Madragoa Filmes, Gemini Films, Light Night
1993年/フランス、ポルトガル、スイス/ポルトガル語/203分/ヨーロッパ・ビスタ
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/原作:アグスティーナ・ベッサ=ルイス/撮影:マリオ・バローゾ/製作:パウロ・ブランコ
出演:レオノール・シルヴェイラ、セシル・サンス・ド・アルバ、ルイス・ミゲル・シントラ
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/原作:アグスティーナ・ベッサ=ルイス/撮影:マリオ・バローゾ/製作:パウロ・ブランコ
出演:レオノール・シルヴェイラ、セシル・サンス・ド・アルバ、ルイス・ミゲル・シントラ
フローベール「ボヴァリー夫人」をアグスティーナ・ベッサ=ルイスが翻案し、原作を執筆。言葉、映像、そして音楽それぞれが自律しながら精妙かつ鮮烈に調和する「文芸映画」の最高峰。男性的な世界/権力に詩的な想像力で抵抗する、主人公エマの苦悩。ディレクターズ・カット版とも言える、本来の姿でスクリーンに蘇るオリヴェイラ映画の記念碑的作品。


© Filbox Produções, Les Films d’ici
2006年/ポルトガル、フランス/フランス語/69分/ヨーロッパ・ビスタ
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/撮影:サビーヌ・ランスラン/製作:ミゲル・カディリェ
出演:ミシェル・ピコリ、ビュル・オジエ、リカルド・トレパ、レオノール・バルダック
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ/撮影:サビーヌ・ランスラン/製作:ミゲル・カディリェ
出演:ミシェル・ピコリ、ビュル・オジエ、リカルド・トレパ、レオノール・バルダック
ルイス・ブニュエル監督作『昼顔』(1967)の登場人物たちの38年後を描く。パリで偶然再会したアンリとセヴリーヌ。アンリは真実を打ち明けるという口実でセヴリーヌを食事に誘う…。過去をめぐり立ち上がる、欲望に満ちた謎。ミシェル・ピコリが再び「アンリ」役で登場。カトリーヌ・ドヌーヴが演じた「セヴリーヌ」にはビュル・オジエが扮する。
COMMENT
敬称略・五十音順
2015年4月2日。マノエル・ド・オリヴェイラ監督が亡くなられたその日僕はポルトガルにいました。
ドヌーヴ主演で新作を撮影中というデマを吹き込まれていた僕は「散歩してたら撮影現場に出会したりして」なんてちょっと本気で思ってましたが当然お会いできるわけもなく。
その後縁あって監督のお墓参りをさせていただく機会に恵まれた時監督の棺を前にして「ついにお会いできた」と興奮し、これからも作品を通じて監督とお会いし続けると確信した次第です。
4月。監督作に再会する機会があります。僕は通い詰めます。大らかで、過激で、Hなマノエル・ド・オリヴェイラ監督が僕の1番好きな映画監督です。
ドヌーヴ主演で新作を撮影中というデマを吹き込まれていた僕は「散歩してたら撮影現場に出会したりして」なんてちょっと本気で思ってましたが当然お会いできるわけもなく。
その後縁あって監督のお墓参りをさせていただく機会に恵まれた時監督の棺を前にして「ついにお会いできた」と興奮し、これからも作品を通じて監督とお会いし続けると確信した次第です。
4月。監督作に再会する機会があります。僕は通い詰めます。大らかで、過激で、Hなマノエル・ド・オリヴェイラ監督が僕の1番好きな映画監督です。
柄本佑(俳優)
美しいイメージが繋がっていくことにただ心が奪われる。じっと見ていると、いつの間にか美しさの裏側にまで誘われる。なぜこんなに重層的なのか……思考を眩惑するような編集は何度観ても魔術としか思えない。たどり着きたい。
大川景子(映画編集者)
ゆるりと流れるドウロ河、それを見下ろす葡萄園、北部特有の重厚な屋敷、オリヴェイラ監督の私的な記憶が詰まる自邸、奇天烈な悲喜劇オペラが繰り広げられる宮殿。瞬きするのも惜しい、ポルトガルの美が詰まった作品群。
木下眞穂(翻訳家)
何と言うか……凄すぎる。世界のどこかにはこんなのがあったのだ。
黒沢清(映画監督)
※『カニバイシュ』について——著書『映画はおそろしい』(青土社、2001)所収「あまりに無茶なオペラ」より抜粋
ここではないどこかに焦がれて破滅する者の”ボヴァリスム”を、オリヴェイラはその映像でより鮮烈に引き出し耀かせた。
言葉、まなざし、微笑み、すべては欲望の引き金。私たちはだれしもエマという危険な熱源を抱え持っている。
言葉、まなざし、微笑み、すべては欲望の引き金。私たちはだれしもエマという危険な熱源を抱え持っている。
鴻巣友季子(翻訳家・文芸評論家)
未知の扉が次々開く。でも慕わしいほど懐かしい。オリヴェイラの5作、すべてが2025年の収穫になりそうだ。どれをとっても忘れがたい。
斎藤真理子(韓国文学翻訳者)
生前は封印されていた「遺言」と言うべき作品。ドキュメンタリーでありながらフィクションでもあり、自伝的虚構という表現がふさわしい。過去だけでなく未来の郷愁を語る映像と言葉、オリヴェイラのすべてが凝縮されている。
澤田直(フランス文学者)
※『訪問、あるいは記憶、そして告白』について
ユーロホラー好き、必見!
中原昌也(ミュージシャン、作家)
※『カニバイシュ』について
演技はドキュメンタリー、映像と音は別物、涙はグリセリン⋯⋯、「映画とは何か」があからさまになるほどに、その謎は深まる。『アブラハム渓谷』で奈落に落ち、『カニバイシュ』で昇天すべし。伝説的傑作のつるべ打ち!
濱口竜介(映画監督)
ポルトガルは小さな国で、映画の歴史は慎ましいものです。しかし、60年代、70年代、80年代、90年代から今に至るまで、我々全てのポルトガルの映画作家は、どこかで必ず、巨峰オリヴェイラと向き合わなければなりません。
ペドロ・コスタ(映画監督)
※2010年7月26日にアテネ・フランセ文化センターで行われた 講演「砂漠の小さな花 ポルトガル映画史について」での発言より
サイレント期からの映画史を生き抜いたオリヴェイラの作品には、どの瞬間にも見る者を揺さぶる映画的な快楽と驚きが漲っている。とりわけ、その秘術の核心が吐露され、作家が歿後の公開を命じた『訪問、あるいは記憶、そして告白』は必見だ。
堀潤之(映画研究者/関西大学文学部教授)
たとえば車窓だとか、なんでもないようなことなのに驚きに満ちた画面が連鎖していく。それだけでも面白すぎるのに、とんでもないことが必ず起きて、本気で呆気にとられる。言葉を失うというか、言葉が吹き飛ばされる。何も言えなくなる、そんな瞬間にこそ生を実感する。そういうことのために自分は映画をみているんだ!日々に必要なのは驚きだ!つまりオリヴェイラだ!なんて、大きな気持ちになってくる。
三宅唱(映画監督)
多くの才能ある監督たちが「新約」の物語を撮ったのに対し、オリヴェイラだけは独り、「旧約聖書」の物語を撮った。人間の原罪と愚行を見つめつつも、その彼方にある無垢と智慧を描き続けた。
四方田犬彦(映画・比較文学研究家)
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